
尖閣諸島沖で起きた漁船衝突事件、twitterにせよblogにせよ、中国船長釈放するという日本の動きに対するクレームが多いですね。もちろん、場所を中国に変えれば、きっと「小日本を駆逐した!」と鼻息荒いことでしょう。次は賠償問題に至っているとのことで、これには日本も予想していなかったかも知れません。
私は本領海の問題について歴史的な正当性をちゃんと調べたことはありません。日本側の見解は、もともと日本領海のものであり、石油資源の問題から、中国・台湾が領海を主張している、と言うものです。これが本当に正しいのかどうか、ちゃんと調査するべきなのでしょうが、きっと、両国ともそれこそ権威あるきっと誰かやっているし、それに僕は正直そういう歴史には興味がない。
ただね、今回の件を高らかに叫ぶ中国人に問いたいのです。そうして日本人を非難し、仮にその他の日本に対する憎しみが満たされ、あなたの思う大勝利になったとします。それってどんな状態でしょう?中国による日本統治でしょうか。それは嘗ての日本が行ったことそのままじゃないでしょうか。また、日本人に問いたいのは、彼らが日本を非難したからと言って、それがなんだと言うのでしょう。私のいる会社には日本人だけじゃなく、中国人もアメリカ人もイギリス人もドイツ人もインド人、韓国人だっている。そうなるとね、企業と言う単位が国を超えるんです。変わって、サムソンとかソニーとか、企業名が対立の主語になる。ちなみに、もし企業競争でこういう案件が出るなら、たぶん、共同で石油油田開発して利益をシェアしましょう、とかそういうことになるんじゃないかと思いますね。
結局ね、こういう構想の原点にあることが、共同体の「領域」に依存しているに過ぎないんです。それが「中国」とか「日本」とか。そして、それは共同体の参加員がその共同体をどう考えるか---まさに、「想像の共同体」に過ぎないんじゃないか。物理的な地理的事項も含めて、すべて相対化されてしまう程度の話で。なんとなく思うのは、中国国民が火がついて、日本国民が無関心なのじゃなくって、日本人はこの共同体意識について、漠然と疑問を持っている人が多いのでは、と思うのです。そして、今、blogなどの非難はそういった疑問のなかで弱々しく放たれた言説に過ぎない一方で、相対化された共同体を意識している分、成熟しているようにも思うのです。
何が言いたいかと言うと、まあ、どうでもいいじゃないか、中国領でも、日本領でも。別に中国人でも日本人でも。グローバルに見れば、みんな相対化されちゃうし、そうなることが、グローバリゼーションの流れじゃないですか、と。この戦いはその程度のもんです。
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